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旧伊藤伝右衛門邸の概要

ページID:0012374 更新日:2026年7月7日更新 印刷ページ表示

旧伊藤伝右衛門邸

 

旧伊藤伝右衛門邸の写真


この建物は、遠賀川中流域左岸、福岡県飯塚市幸袋本町の旧長崎街道沿いに位置し、明治39年(1906)から昭和初期までに増改築を伴い成立しました。昭和2年(1927)に焼失した福岡市天神町にあった別邸(通称「銅御殿」)から移築された長屋門が目をひきます。
邸宅は主屋、長屋門、表物置、道具蔵、骨董蔵、事務室、書生室、ポンプ小屋で構成されます。建物は意匠が細部にわたって上質であり、各部屋の用途や好みに応じて書院造、数寄屋造、洋風意匠を巧みに使い分けるなど、洗練された意匠が随所にみられます。

また、増改築の過程において日常的な生活空間を重視している点も特徴的であり、主要な部屋がすべて庭園に面していることがその裏付けとされます。
白蓮が伝右衛門の妻として約10年間を過ごしたゆかりの地で、伝右衛門や白蓮に思いをはせる場でもあります。筑豊における石炭産業の歴史と、これに関わった伝右衛門たちの人生を物語る貴重な歴史遺産をごゆっくりご覧ください。

建物の基本情報

敷地面積約7,570平方メートル(約2,300坪)
建物延床面積約1,020平方メートル(約300坪)