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飯塚市の歴史文化財
飯塚を知る -About Iizuka-
旧伊藤伝右衛門邸

筑豊の炭鉱王と呼ばれた伊藤伝右衛門の本邸として明治30年代後半に建造された邸宅。広大な回遊式庭園を持ち、当時の建築技術や繊細で優美な装飾を見ることができます。
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嘉穂劇場

かつて筑豊に存在した数多くの劇場のなかで、現存する最後の劇場。炭鉱労働者や庶民の娯楽の殿堂として愛されてきました。(令和6年度現在、施設の改修や今後の運営について検討中のため、休館しています。)
忠隈のボタ山

現存する平地ピラミッド型のボタ山としては日本最大級。「筑豊富士」とも呼ばれ、地域のシンボルとして残っています。
長崎街道(写真:太養院楼門)

慶長5年(1600年)黒田長政が筑前へ入国する際に太養院へ宿泊しました。後に飯塚や内野は長崎街道を結ぶ「飯塚宿」「内野宿」として整備されました。幕末には、当時活躍した坂本龍馬や島津斉彬などの著名人も往来しています。
巻き上げ機台座

地下の石炭採取のため、人車の上げ下ろしや石炭の搬出時に稼働した巻き上げ機を設置した台座。完全に残っている台座としては、筑豊でも最大級です。
旧松喜醤油屋

幕末から明治初期に建築されたといわれる商家で、当時は醤油工場も隣接していました。舟底天井や月見台、箱階段など豪華な商家の面影が残る一方、母屋の大黒柱には、筑前竹槍一揆の際につけられたとされる傷跡が残ります。







