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写真:立岩堀田遺跡34号甕棺墓の甕棺と人骨展示
弥生時代には死者を素焼きの土器(甕)の中に入れて埋葬した墓が数多くつくられました。このような墓を甕棺墓といいます。特に、大人用につくられた甕棺墓は、福岡県や佐賀県を中心とした北部九州特有のものでした。
この甕棺墓について、今回は紹介したいと思います。
昭和38年(1963)、飯塚市立岩の堀田地区に於て、採土工事中に甕棺が発見され、昭和40年(1965)までに3回の発掘調査が行われました。
その結果、甕棺墓40基をはじめとする弥生時代(約2000年前)の墓が発見され、当時の嘉穂盆地一帯で最も有力な集団の墓地であることがわかりました。甕棺墓からの出土品は、国の重要文化財に指定されています。
このうち34号甕棺墓からは、人骨のほか、副葬品として中国(前漢)製の銅鏡、鉄製武器(戈)(か)、南海産貝(ゴホウラ)製腕輪が発見されました。よく残っていた人骨の鑑定調査により、この甕棺墓に葬られた人物は、30歳位の男性で、当時としては身長が高くて166.4センチメートルあり、骨格に見られる特徴などから渡来系弥生人と考えられています。本館では、これらの甕棺、人骨、副葬品を常設展示しています。
ところで、以下は私の思い出話になりますが、小学生の頃から歴史が好きだった私は、よく歴史の本を読んでいました。その中に弥生時代の生活について書かれたものがあり、立岩堀田遺跡34号甕棺墓の甕棺と人骨が掲載されていました。本の中で初めて知ったこの甕棺と人骨は、まだ小学生だった私にとって、衝撃的で強い印象を残すものであった事を今でも覚えています。大学卒業後、思い出深い甕棺と人骨の実物を展示している本館に学芸員として勤務することになった時は、大変うれしく思ったものでした。
現在の小学生に、私が立岩堀田遺跡の展示解説をする時は、必ず最初に甕棺と人骨を見てもらっています。本物の甕棺と人骨だと知った時の小学生たちの驚きの声を聞くと、昔の自分と同じような体験をしてもらえてよかったと思うとともに、将来本館の学芸員になってくれる子がいるといいなあと思っています。
ぜひ一度、本館でご覧になってみてください。