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更新日:2016年2月24日

地名の由来

嘉穂劇場
嘉穂劇場
Kaho Theater

この欄において、下記のとおり、「飯塚」という地名の由来の一つを、「神功皇后の徳を慕って飯塚まで従った兵士が『いつか再び玉顔そ拝し奉らん』と深く歎き慕ったといわれ、名づけてイヅカ(飯塚)の里と伝えられた」と説明しています。

このたび、「兵士ではなく、神功皇后が『いつか逢うべし』と言われた」のが由来ではないかとの御指摘がありました。

昭和50年発行の「飯塚市誌」において、以下の記述があります。

飯塚の地名の由来については、「曩祖(のうそ)八幡縁起」に神功皇后が征韓の帰途、曩祖(のうそ)八幡の地に立ち寄られて従軍の将士を郷里に帰されたとき、将士離別の歌に「何日可逢」と再会の日を誓い、別れを惜しまれたということから「いつか」の地名が生まれたとある。(173ページ)

兵士が「いつか再び玉顔そ拝し奉らん」と述べたとの記述の出典を調べていますが、現在のところ確認できていません。

再度調査後、この欄で説明したいと考えていますので、しばらくの間、御迷惑をおかけしますが、御理解をお願いします。

 

「飯塚」という地名がどうしてついたのか、二つの説があります。
一つは、神功皇后がこの地方をお通りになったとき、従軍兵士の論功行賞をなされ、おのおの郷土に帰されたが兵士たちはなお皇后の徳を慕って飯塚まで従い「いつか再び玉顔そ拝し奉らん」と深く歎き慕ったといわれ、名づけてイヅカ(飯塚)の里と伝えられたといわれます。

また、一つには聖光上人が、当市太養院において旧鎮西村明星寺虚空蔵の再興と三重の塔建立のため、民を集めて良材を運ばせたときに炊いたご飯があまって小山をつくり、それがあたかも塚のようであったので「メシノツカ」すなわち飯塚と呼ばれるようになったとも伝えられています。

国道200号線
国道200号線
Route 200

飯塚市夜景
飯塚市夜景(八木山龍王林道より)
Night View from Yakiyama

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